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赤ノ峰の非日常

非日常的なゲイの日常

ゲイのSTANDARD 〜 rainbow「pride」

最近のiPhoneの新機能って「それ要る?」感がすごけど実際使ってみるとやっぱり要らないよね。

どうも赤ノ峰空です。

 

東京でrainbowprideがあったらしいじゃないのよ奥様。

しかしゲイである赤ノ峰は行きませんでした。

それが何故かってことを今日は述べて行こうと思うよ。

 

まず、rainbowpride的な、マイノリティをメジャーにしていこう的な活動は僕は好意的に受け止めてます。

そりゃそうですよ。僕だって「ゲイ」であることで沢山悩んでますから。

でも、東京で大々的にやるのはちょっと気がひけるのですよ。

 

というのは、僕はゲイであることは全然誇りに思ってません。

「普通」だと理解しています。

初対面のひとに会って、「実は僕はゲイなんです」って言ったら相手は「へえそうなんだ」ぐらいで来て欲しいのです。

「色々大変だろうね」とか「私はマイノリティに理解あるから大丈夫だよ」みたいに言われるが本当に嫌です。

何故ならそれは「普通」に扱われていないからです。

rainbowprideはどちらかと言うと後者のような社会を求めているような気がします。

マイノリティを集めて「我々の特別な誇り(pride)」を掲げて大々的にやってるんですから。

あんな派手に東京を練り歩いたら、マイノリティを「特別」扱いするのを助長しているとしか思えません。

マイノリティが「普通」に社会に馴染んでいって欲しい。

これが僕の願いです。

 

パーソナルな事を言うと、僕は法律が変わっても同性愛結婚する気はありません。

1人で生き、1人で死ぬ覚悟はとっくに出来ています。

ゲイ用のトイレなんかも必要ありません。

体は男です。温泉も幾度となく入って来ましたから、もう気にしてません。

何が言いたいのかと言うと、僕はマイノリティを擁護して欲しい訳ではないと言う事です。

個人的には、ですよ。

世の中的にはそれを望むマイノリティの方もいらっしゃると思います。

しかし同性愛は障がいではありません。

特別扱いなど結構です。

(本当に障がいのある方を社会が擁護しろ、と主張しているのでもありませんよ)

もっと言えば、rainbowprideを開催してマイノリティに対しての理解が進んでいるかと言えば微妙です。

東京で何度、大規模に開催しても、それは東京でしか開催されていません。

僕のような東京に住んでない人間からしたらただのお祭りです。

本当に理解をして欲しいなら、もっとすべき事があると、僕は思いますよ。

 

なんかゲイ代表みたいな感じで偉そうに語りましたが、一個人の意見です。

そしてrainbowprideを非難してるように聴こえたかも知れませんが否定はしてません。

 

そしてここでまさかの告白。

僕がrainbowprideに行かなかった1番の理由は、僕がゲイをカミングアウトしてないからです。

 

ふぉっふぉっふぉ

 

僕が生きている間に、社会の意識の根底は覆るのだろうか?

道は長そうだ。険しくは無さそうだが。

 

それでは、ぐんない。