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赤ノ峰の非日常

非日常的なゲイの日常

感動ポルノ

つれづれなるままに

最近家に居るのに「家返りたい」って思うんだけどもうこれ子宮に還るべきよね。

文字通り出直そうかしらん。

おいどんは赤ノ峰空と申す。

 

最近気になってるワードがあってね、「感動ポルノ」っていう言葉だけど、ご存知でした?

これはNHKが24時間テレビの裏で放送したことで有名になりました。

NHK、やるじゃん。

24時間テレビといえば、障がい者のドキュメンタリーが代表的ですよね。

僕自身それを否定してる訳では無いのですが、「感動ポルノ」には大いに納得しました。

どういう意味かと言うと、「障がい者が感動の材料になっている」という意味です。

 

番組の中で、鼻にパイプをつけ、胃に直接液体の食糧を入れている女性が、「やっぱり大変ですよね」とインタビューアに問われて「いや、そんなことは無い。むしろ楽。」と言っていたのが印象的でした。

ですがそこでインタビューアは「大変な感じで行きましょうよそこは。」と言います。

その女性は戸惑います。

 

個人的な意見を言うと、取り上げるなら編集しないでそのまま放送するべきだと思うのです。

要は感動出来るように編集して、障がい者をあたかも「健気に闘っている」ように見せるのが「感動ポルノ」ってことですよね。

でも、本当に大変な思いをしてる障がい者の方もいるかもしれないじゃないですか。

ならそれはそれでそのまま伝えればいいです。

そんな感動的なストーリーは無く、普通に生活してますっていう人は、それはそれでそのまま放送すればいい。

「こういう障がいと闘っている人も世の中にはいる」という健常者のアプローチになればそれはいい事かもしれないですけど、わざわざ美化する必要など何処にも無いのでは…?

24時間テレビを見ていて何となく微妙な気持ちになるのは、俗に言う「やらせ感」とか、「美化された感」が原因かも知れませんね。

障がい者差別意識が低下し(まだまだ残っていますが)、肯定的に捉えるのはまあ良いことだと思います。単純に。

でも今は行き過ぎています。メディアが勝手に暴走しているように感じます…。

過ぎたるは猶及ばざるが如し。

 

話は少し変わりますが、こんな広告をご存知ですか?

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これは25時間の広告です。

何の広告かというと、尊厳死についての広告です。

25時間、一人称視点の映像が流れるだけです。それもほとんどアクションはありません。

おそらく、主人公は重い病気にかかっているのでしょう。

25時間とはいうものの、ネット上での広告ですから、途中で停止できます。

すると、画面に「あなたはたったの〇〇分しか見ることができませんでした」という文字が現れます。

これはつまり、「病人が過ごしているようなこんな退屈は生活を、あなたはたったの〇〇分しか眺められなかった。では、何故あなたは病人に『もっと長く生きろ』ということが出来るのでしょう?」というメッセージです。

そう考えると、尊厳死もアリかなーとか思ってしまいます。

確かに本人が尊厳死を望むならそれが最善なのではないでしょうか。熱血な人間の「もっと生きるんだ!(松岡修造風)」って言うのは、患っている人からしたら相当苦痛なのかも知れませんね。

日本では今は禁止されてますが。

僕はアリだと思いますよ。

 

はゐ。本題から大分話が逸れましたが、少し真面目な話を致しました。

少し価値観が変わったら楽しいよね。

 

読んでくれてありがとう。

ぐんない